当方に、相談に来ている中にも、毒親を見捨てたという人はけっこういます。
あくまで当カウンセリングルームだけの話でいえば、それによって後悔しているという人はいません。
ときどき「これで良かったのかな」と一瞬だけ考えることはあっても、「見捨てなければ良かった」と深い後悔や罪悪感に苛まれているという話は聞いたことがありません。
だからといって「じゃあ、私も見捨ててしまおう」と考えるのは早計です。
その決断をする前に、知っておいてほしいことがあります。
毒親を見捨てないとメンタルが悪化する
毒親を老後に見捨てないことのリスクは、介護が始まったときに出やすいです。あなたの精神が崩壊する可能性があるのです。
ペンシルバニ州立大学のジョヨン・コン博士が、老齢の親を介護する219人の男女(平均年齢52歳)を対象に、そのメンタルを調べた研究があります。
それによると、自分を精神的、肉体的に攻撃していた毒親を介護している人は、そうでない人と比べ、次のようなネガティブな影響が出やすいことが分かりました。
- 抑うつ傾向が強くなる(悲しい、絶望的、無価値だと感じるなど)
- 人生、仕事、健康、家族関係への満足度が低くなる
- 自尊感情(自分には価値があるという感覚)が低くなる
- 自尊感情が低下すると自律性、人生の目的が失われたり、人間関係の満足度が低下する
なぜ、このようなことになるのでしょうか?
それは、介護をするには親と近くで関わり続ける必要があり、それが悪夢を蘇らせるからです。
要介護になったからといって、毒親が改心するわけではありませんから、ひどい言葉を投げかけてくることもあります。
すると、現在の出来事なのに、心の中では過去の体験と重なって、苦しくなってしまうのです。
仮に毒親が改心していたとしても、顔を合わせ続けることで、子供の頃に受けた暴言や無視、否定された経験を思い出し、当時の感覚がよみがえってしまうこともあります。
このようなことが積み重なり、精神的に疲弊していくということです。
毒親を見捨てると罪悪感に苛まれる
毒親を見捨てる場合もリスクがあります。それは、あなたが罪悪感に苛まれる可能性があることです。
毒親からひどい扱いを受けてきたら、自分を守るために距離を置くのは自然なことです。
しかし、社会には「子供は親の面倒を見るべき」という考えが強くあります。
そして、多くの人はこの規範に従わないことで、冷たい人間と評価されることを認識しています。
マイアミ大学のヘレアナ・テイクソス博士の研究によれば、こうした感覚は、虐待を受けていた子供であっても、変わらずに持ってしまうことが分かっています。
つまり、毒親を見捨てることで、「私は親の面倒を見ない冷たい人間」という罪悪感を持ってしまう可能性があるのです。
「私の親は見捨てられても仕方ないことをしてきた」と頭では分かっていても、心の片隅では自分を責めてしまうのです。
見捨てられた側の毒親は悪いと思っていない
ところで、毒親は見捨てられたときに、自分が悪かったと反省するのでしょうか?
残念ながら、そのようなケースは稀です。ほとんどの毒親は自分のせいではなく、他に原因があると思っているのです。
このことは、テキサス・クリスチャン大学のクリステン・カー准教授らの研究からも分かっています。
この研究では、親子間の縁を切っているという人たち898人を対象に、なぜそうなったのかを聞き取っています。
対象者には、親の立場の人も、子供の立場の人も含まれているのですが、立場の違いによって回答が大きく異なりました。
親が答えた絶縁の原因
- 子供の恋人、配偶者、友人など「好ましくない関係」の影響
- 離婚や再婚に伴う家族関係の変化
- 子供が感謝しない、親を軽視しているという認識
- なぜ断絶されたのか分からない
子供が答えた絶縁の原因
- 虐待
- 親の毒性的な言動
- 支えられていない、受け入れられていないという感覚
- 親の自己中心性や人格的問題
なぜ親と子で違うのか?
こうして見ると、親側は絶縁している理由を、子供の配偶者、友人など外部要因に求めやすいことが分かります。それに対し、子供は、親の毒性、自己中心性など、親の内部要因に求めます。
なぜこうした違いが起こるのでしょうか?
まず、親にとって、子供との断絶は「親として子育てに失敗した」という自己評価の低下につながるものです。そのため、「自分は良い子に育てた、周りの人間が悪い子に変えてしまったのだ」と考えることで、心理的安全性を保とうとするのです。
一方、子供からすると、絶縁したくなるような親というのは、何十年も前から、毒性的な言動を向けてきた相手ということになります。
すると、「この人は変わらない」「これは性格や人格の問題だ」とみなすため、親の内面的特徴に原因を帰属させやすくなるのです。
見捨てられた側の毒親はどう思っているのか?
ちなみに、各種データや相談者から聞いた話をもとに、見捨てられた毒親が、その後にどう思っているかをまとめると、以下の通りとなります。
1. 混乱・怒り・被害者意識
毒親は、自分の行為を「虐待」ではなく「しつけ」「親として当然のこと」と考えていることが多いです。そのため、子供に見捨てられると突然の裏切りのように感じます。
そして、「なぜそこまで拒絶されるのか」「自分も苦労して育てたのに」と怒りや被害者意識を持ちます。毒親は、子供を傷つけた事実よりも、自分が拒絶された痛みのほうが前面に出てしまうのです。
2. 否認・矮小化・責任転嫁
自分が子供を深く傷つけたと認めることは、精神的負担が大きいです。
そのため防衛反応がはたらき、「そんなことはしていない」「昔は普通だった」「子供が大げさだ」と考えるのです。
事実を完全に否定する場合もあれば、事実は認めても重大さを小さく見積もる場合もあります。
3. 修復願望と回避の揺れ
もちろん、毒親の中にも、子供に会いたい、謝りたい、関係を戻したいという気持ちを持つ人もいます。しかし同時に、責められたくない、自分の非を全部認めたくない、過去を詳しく聞きたくないという気持ちもあります。
そのため、「戻りたいけれど直視したくない」「謝りたいけれど責任は負いたくない」という感情の揺れが起こります。しかし、それが言動や雰囲気に出るので実際に子供と対面したとき、子供が再び傷つくこともあります。
毒親を老後に見捨てて後悔するか?
毒親を老後に見捨てて後悔するかどうかは、人によって違うのでハッキリと、どうしろとは言えません。
しかし、一つの基準を挙げるとすれば、心の向き先が毒親か自分か、ということです。
後悔する人の特徴
もし、あなたが「見捨てたら親は反省するだろうか?謝罪する気持ちになるだろうか?」と、考えているなら後悔するかもしれません。
なぜなら、自分の心ではなく、毒親の心に関心を向けすぎているからです。まだ、捉われているのです。
「本当は分かってほしかった」「いつか普通の親子になれるかもしれない」という期待を残している可能性さえあります。
このようなパターンで見捨てると、時間が経つほどに迷いが大きくなります。
後悔しない人の特徴
自分が何をされたのかを言語化できており、接触を続けた場合にどのような損害が生じるのかを具体的に理解している人は、後悔しにくいです。
なぜなら、意識が親ではなく、自分自身の心や人生に向いているからです。
こう思えている人は、自分の幸せのために何を選ぶべきかという基準を持てているため、感情に流されにくくなります。
親を見捨てることを「復讐」としてではなく、自分の安全を守るため、また無駄な時間や労力を失わないための正しい判断として位置づけられていれば、後悔しにくいのです。
毒親を見捨てる前に確認すべき法律上の問題
知っているかもしれませんが、日本の法律上の手続きに、親子の縁を切るという手続きはありません。
あなたが、毒親を見捨てたとしても、法的な親子関係は残ります。
たとえば、親が他界すれば相続する権利が発生します。
現金だけなら問題はないでしょう。しかし、資産価値のない実家や、借金があればそれも相続しなければなりません。
もちろん、相続放棄をすれば済む話ではありますが、もう一つ問題があります。
それは、あなたが既婚子ナシの場合です。
このケースで、あなたが親よりも先に他界した場合、相続権は配偶者と親に発生します。
ここで問題なのは、あなたの配偶者が、毒親とやり取りをしなければならない、ということです。余計な負担を掛けてしまうかもしれないのです。
これは縁切りしていようといまいと、同じことではありますが、一応のつながりがある方が負担は少ないと思います。
親からの虐待などを証明できれば、事前に相続人から廃除できる可能性もありますが、簡単ではありません。
毒親を見捨てる際は、事務的な手続きなども検証してから捨てましょう。
正解を選ぶのではなく、選んだほうを正解に
ここまでの説明を見返すと、毒親を見捨てることを推奨しているように思うかもしれませんが、そんなことはありません。私個人としては、どちらでも良いと思っています。
冒頭で、毒親を見捨てて後悔している人はいないと書きましたが、見捨てなかった人でも後悔している人はいません。
見捨てずに最後まで看取った人もいます。その途中で和解できた人もいれば、できなかった人もいます。
和解できた人は、毒親への感謝までいかなくとも、一応の折り合いはついたという人が多いです。
だからといって、和解できなかった人が、「介護なんかせずに見捨てれば良かった」と後悔している話も聞きません。
つまり、見捨てようと、最後まで面倒を見ようと、大きく後悔することはないということです。
もちろん、現在進行形で毒親の老後の面倒を見ていて、辛くなるという相談に来ている人もいます。
しかし、その辛さは「見捨てなかったことへの後悔」というよりも、現在の負担の大きさや、報われなさから生じる苦しさであることが多いです。
介護や支援を続けている最中は、体力的にも精神的にも追い詰められます。親への怒り、過去への悔しさ、周囲への不公平感が重なり、「なぜ自分ばかりが」と感じることもあります。
それでも、その人たちが必ずしも「最初から関わらなければよかった」と思っているわけではありません。
苦しいからといって、その選択自体が全面的に間違っているのではないのです。
見捨てることにも、最後まで面倒を見ることにも、それぞれ別の苦しさがあります。
それでも、自分で納得して選んだ道であれば、最終的に大きな後悔にはつながりにくいのだと思います。
正解を選ぶのではなく、選んだほうを正解にしてください。
- Kong, J. (2018).Effect of caring for an abusive parent on mental health: The mediating role of self-esteem.
- Theixos, H. (2013).Adult Children and Eldercare: The Moral Considerations of Filial Obligations.
- Carr, K., Holman, A., et al. (2015).Giving voice to the silence of family estrangement: Comparing reasons of estranged parents and adult children in a non-matched sample.


