夫や彼氏から、DVやモラハラを受けているのにも関わらず、別れることができない女性がいます。
いつもビクビク怯えながら、過ごして、このまま一緒にいても不幸なだけと分かっているのに、離れることができないのです。
一時的に離れることができても「自分がいないと、あの人はダメになってしまうのでは?」と心配して、再び戻ってしまうこともあります。
このような、女性は「バタードウーマン・シンドローム(被虐待女性症候群)」という状態に陥っているのです。
※「虐待された、暴力を振るわれた」という意味のbatteredが語源です。殴る配偶者はbattererと呼ばれます。
バタードウーマン・シンドロームとは
バタードウーマン・シンドロームとは、夫や彼氏から、長期間にわたって暴力や支配を受け続けた女性が、抵抗や逃亡の意欲さえ失ってしまう状態を意味する言葉です。
日本語では「被虐待女性症候群」と訳されることがあります。
1970年頃に心理学者のレノア・E・ウォーカー博士によって、広められた概念であり、正式な病名ではありませんが、暴力を受け続けた女性の心理的・行動的な反応を説明する際に、言及されることが多いです。
ここでいう暴力とは、殴る・蹴るといった身体的暴力だけでなく、暴言、脅迫、無視、経済的な支配、交友関係の制限、性的な強要なども含まれます。恐怖を用いて、自由な判断や行動を奪っていくもの全般です。
このような関係の中で、被害者は少しずつ、逃げたり助けを求める気力を失ってしまうのです。
バタード・ウーマンシンドロームの特徴
バタードウーマン・シンドロームの女性は、長期間にわたる暴力や支配によって、恐怖や無力感を抱きやすくなります。ここでは、代表的な心理状態をいくつかに分けて説明します。
1. 強い恐怖と慢性的な緊張
バタードウーマン・シンドロームの状態にある人は、相手がいつ怒るのか、何をきっかけに暴力が起きるのか分からないため、常に緊張しています。相手の表情、声のトーン、足音、物音などに敏感になり、家の中にいても安心できません。
2. 自分を責める気持ち
加害者から「お前が悪い」「怒らせたのはお前だ」などと言われ続けると、被害者は次第に自分に責任があるように感じてしまいます。本来、暴力の責任は加害者にありますが、支配関係の中では「自分が我慢すればよい」と考えるようになるのです。
3. 判断力の低下と混乱
暴力の後に加害者が謝ったり、優しくしたりすると、被害者は「本当は悪い人ではないの「今度こそ変わってくれる」と期待します。このように、恐怖と愛情、怒りと同情が入り混じり、自分がどうすればよいのか分からなくなることがあります。
4. 孤立感
加害者が友人や家族との関係を制限したり、外出や連絡を管理したりすることで、被害者は相談できる相手を失っていきます。また、周囲に話しても理解されないのではないか、責められるのではないかという不安から、自分から助けを求めにくくなることもあります。
5. 自己評価の低下
長期間にわたって否定されたり、侮辱されたりすると「自分には価値がない」「一人では生きていけない」と感じるようになります。その結果、自分の希望や意思を持つことさえ難しくなります。
6. PTSDに近い心身の反応
暴力の記憶が突然よみがえる、眠れない、悪夢を見る、怒鳴り声や大きな音に過敏になる、人との関わりを避ける、感情が麻痺したようになるなどの反応が現れることがあります。これは、長く危険な環境に置かれた心と体の防衛反応です。
7. 無力感
何度も抵抗したり、話し合おうとしたり、助けを求めようとしたりしても状況が変わらない経験を重ねると「どうせ何をしても無駄だ」と感じるようになります。その結果、逃げる方法があっても、実際に行動へ移す力が湧かなくなります。
無力感の原因は「学習性無力感」の発生
特に最後の「無力感」は、バタードウーマン・シンドロームに陥った女性の顕著な特徴です。なぜこのような無力感を持ってしまうのでしょうか?
それは「学習性無力感」が発生しているからです。
電気ショックを与え続けられた犬は諦める

犬をしつける時に、うまく出来ても、出来なくても、罰として電気ショックを与えつづけると、犬はやがて逃げ出すことを試みることなく、その場で座り込んでしまいます。
この反応は、カリフォルニア大学のマーティン・セリグマン博士らの実験によって、明らかにされています。
このように、ストレスの回避ができない環境に曝され続けることで、逃げようとする気力さえ失うことを学習性無力感と言います。
暴力を受け続けると逃げ出す気力さえ失う
夫や彼氏から暴力を受けても、逃げ出すことのできないバタードウーマン・シンドロームの女性にも、学習性無力感が起こっています。
激しい暴力を受け続けることによって「ここから逃げ出すことは絶対に不可能だ」という絶望感を持ってしまっているのです。
長期間に渡り監禁されていた人が、ドアの鍵が開いていても逃げ出そうとしなくなるのも、同じ理論です。
これは、相手の男性の強さや、女性自身の自活能力とは関係ありません。男性が華奢で肉体的な強さがなくとも、女性がハイスペックで高給取りの場合でも起こることです。
「どうすれば逃げ出せるのか?」を考える気力すらない状態だからです。感情が麻痺してしまっていることもあります。
共依存とバタード・ウーマン
学習性無力感に陥った後の反応で、動物と人間には違うところがあります。
それは「人間の場合は、心配をすることがある」ということです。誰の心配かと言うと、自分を殴るDV男です。
犬が自分を痛めつけた実験の研究者を、心配することはありません。しかし、人間は加害者を心配するのです。
「あの人を独りにして大丈夫かしら?」
DV被害に遭っているバタードウーマンを、家族や友人が救出したとします。
これで全て解決し悪縁も切れました、ということにはなりません。再び、相手のところへ戻ってしまうケースも少なくないのです。
なぜなら、共依存の状態に陥っているからです。
「あの人を独りぼっちにしてしまって大丈夫かしら?」と、心配してしまうのです。
物足りなさを感じてしまう
それと同時に、自分を激しく求めてくれる相手がいなくなったことで、物足りなさを感じます。
心にぽっかり穴が開いてしまった感覚を「あの人の事を本当に愛していたからこんな気持ちになるんだわ」と勘違いしてしまうのです。
実際には「求められることを、求めていただけ」の状態であり、その相手は誰でも良かったのですが、そのことには気がつきません。

逃げ出したことに、罪悪感を覚えてしまう人もいます。
「殴られるのは自分にも原因がある」と思ってしまうようなタイプの女性は、気をつけなければなりません。
子供時代に親が暴力的だった人は、このような思考を持ってしまうことが多いのです。
離れられない男の特徴
バタードウーマン・シンドロームの女性が、特に離れることができない男性の特徴があります。
それは「間欠強化」を上手に使う男性です。間欠強化とは、報酬が毎回ではなく、ランダムに与えられることで、行動がやめにくくなってしまう心理です。
人間がギャンブルに依存するのも、この仕組みです。人間の脳は予想外のアタリに遭遇したときのほうが、報酬系が活性化されやすいので依存するのです。
殴られ続けても、ときどき優しくされると沼ってしまうのも、この間欠強化なのです。
6ヶ月後も愛情が残り続ける
O・J・シンプソン(※1)の裁判に、専門家証人として参加したことでも知られる、心理学者ドナルド・G・ダットンが、虐待的な関係から抜け出したばかりの女性から、聞き取りを行った調査があります。
この調査は、別れた直後とその6ヶ月後の2時点で、聞き取りを行っているのですが、間欠強化がなされた女性ほど、6ヵ月後も相手に対する愛情が強い傾向にあることが分かりました。
つまり、虐待と優しさが極端に交互に現れるほど、女性は関係を離れた後も加害者への愛着を保ちやすかった。
暴力の後に謝罪や優しさを見せられることで、心理的結びつきが強化されてしまったのです。
【※1】 O・J・シンプソン。米国の元NFL選手・俳優。妻に対する殺人で起訴され、刑事では無罪、民事では賠償責任が認められた。心理学の家庭内暴力の文脈では頻繁に名前が挙がる人物です。
バタードウーマン・シンドロームは洗脳と同じ
バタードウーマン・シンドロームは、一種の洗脳状態とも言えます。
共依存に陥りやすい認知を根本的に変えなければ、何度も同じような不幸を繰り返してしまいます。
「洗脳」から抜け出すために必要なことは、相手を説得することではなく、自分の判断力を回復できる環境をつくることです。
危険がある場合は、ひとりで対決しないでください。暴力、脅迫、ストーカー、金銭支配、自殺をほのめかす脅しがあるなら、支援機関や警察、弁護士、DV相談窓口などに早めに相談しましょう。
関連記事:「お酒で人が変わる」は間違いで本性が出るだけという実験結果
- Seligman, M. E. P., & Maier, S. F. (1967).Failure to escape traumatic shock.
- Dutton, D. G., & Painter, S. (1993).The battered woman syndrome: Effects of severity and intermittency of abuse.


