映画『ガラスの城の約束』は、成人したケアテイカーが親に対して持つ「愛憎併存」の心理を描いた作品です。
過酷な家庭環境で育ったことで、大人になってからも生きづらさを抱えた人をアダルトチルドレン(AC)とよびます。
詳しくはアダルトチルドレン(AC)の種類とタイプを参考にしてもらえればと思うのですが、ACの一つのタイプにケアテイカーがあります。
親が大人の役割を果たさない家族において、親に代わってその役割を果たしてきた人です。日本語では「世話役」といわれたりします。
ケアテイカーは問題のある家庭で育つ中で、幼いころから「自分がしっかりしなければ」「親を助けなければ」「家の空気を悪くしてはいけない」という感覚を強く持ちます。
そして、料理や洗濯、下の子の面倒を見る、落ち込んだ親を慰めるといった行動を取るのです。
このように親子の役割が逆転している状態を「ペアレンティフィケーション(親役割化)」といいます。
ペアレンティフィケーションを経験した子供は大人になった後も、生きづらさを抱えることがあります。
子供時代からの癖が抜けずに自分の感情を後回しにしたり、そもそも自分がどう感じているのか分からなくなることもあります。
そのため健全な人間関係が築けなかったり、世話のやけるダメな異性とばかり恋愛を繰り返すといった事態になることもあります。
また、自分の人生を生きているのに、心のどこかでまだ家族の親役を続けているような感覚が残り苦しくなったりもします。
この苦しみの背景には親に対する愛憎併存があります。ケアテイカーは親に対し憎しみや怒りといった否定的な感情と同時に、感謝や愛情といった肯定的な感情も持っているのです。
これをうまく表現したのが映画『ガラスの城の約束』です。
人気コラムニスト・ジャネット・ウォールズの回顧録
アメリカの人気コラムニストのジャネット・ウォールズという女性がいます。ある日、彼女はパーティーに向かうタクシーの中から、たまたま道のゴミ箱をあさっている母親を見かけました。
母親はホームレスのような生活を送っていたのです。それを恥ずかしいと思ったジャネットは、母親に見つからないように身をかがめ、そのまま通り過ぎてしまいます。
ジャネットは母親に何度か援助の申出をしていましたが、母親は今の生活を変えるつもりはなくそれを断っていました。
ジャネットから「お母さんのことを聞かれたら何て答えれば良いの?」と聞かれても「ありのまま話せばいいじゃない」と言うのです。
しかし、ジャネットの今のセレブとしての立場を考えると、母親がそんな生活をしているとは言えないのです。それどころか自分がどんな家庭で育ってきたのかさえ隠し続けてきました。
それでも、いつかは言わなければと思っていたジャネットは、自分の半生を本にすることにします。
そして、その回顧録を原作に作られたのが映画『The Glass Castle』(邦題:ガラスの城の約束)です。
注意:ここから映画『ガラスの城の約束』のネタバレを含む内容となります。
他の映画とは違う機能不全家族の描き方
主人公ジャネットは両親と姉・弟・妹の6人家族の次女です。この家族はいわゆる機能不全家族です。
父親はアルコール依存症で定職に就かず、母親は絵ばかり描いていて子供の世話を後回しにします。そして借金取りから逃げるために、住所を転々として野宿のようなこともします。
そんな家族のなかでジャネットはケアテイカーとして振る舞います。料理をして、妹の面倒を見て、夫婦喧嘩で落ち込んだ父親を慰めるのです。
この映画が同ジャンルの他の作品と異なるのは、機能不全家族の描かれ方です。
通常、機能不全家族の親というのは子供に対し「お前はダメな子」というメッセージを行動でも言葉でも浴びせ続け、自己肯定感を下げます。それが大人になってからの生きづらさにもつながります。
ところが、この映画に出てくるジャネットの家族はそうではないのです。特に父親はジャネットの自己肯定感を高めるような言葉がけを多くするのです。そして、愛情も示します。少なくとも子供時代のジャネットは父親のことが好きなのです。
しかし、そのことがかえって家族の抱える問題を覆い隠してしまいます。
「ガラスの城」が意味するもの
父親はいつも子供たちに「いつかガラスの城を建ててやる」といいます。これは全体が透明で、太陽エネルギーを使う未来的な邸宅のことです。
子供たちはそれを信じていて、今の不安定な生活も希望に満ちた未来のためのものなのだと思っているのです。
つまり映画のタイトルにもなっている「ガラスの城」とは、現実から目を逸らすために提示された訪れることのない輝かしい未来や、ガラスのように不安定な未来のメタファー(比喩)なのです。
父親はガラスの城の設計図を見せながら、今の不安定な生活を「自由や冒険」なのだと主張し、経済的な安定や権威といったものを否定します。
弱さの露呈を恐れ自由へと逃亡する父親
父親がこのような態度を取り続ける心理には、弱さがあります。
父親は自分が酒に依存し安定した仕事を続けられないことで、家族を十分に守れていないことを心のどこかで分かっているのです。
しかし、それを自分で認めたり、子供たちに見透かされることを恐れています。
そこで「社会に適応できないのではなく自由なのだ」「子供を危険に晒しているのではなく強く育てているのだ」と主張し思い込むことで、自分の無力感や罪悪感から逃げているのです。
映画の中で医師などの権威ある相手に反抗的な態度を見せるシーンがありますが、これはこうした心理の表れです。
社会的地位の高い相手との比較により、自分の弱さが露呈することを恐れているので先に攻撃して自分の心を守ろうとするのです。
父親の子供時代の未処理の感情が不安定な家庭をつくる
父親がこのようになってしまった原因は彼の母親(ジャネットから見た祖母)にあります。
普段は強気な父親が祖母の前では怯えているような素振りを見せることに、ジャネットは違和感を覚えていました。
そしてジャネットたちが祖母の家に預けられたとき、弟が祖母から性的虐待を受けそうになるのを目撃して、父親も同じことをされていたのではないかという疑念を持ちます。
ジャネットが年頃の娘になったとき祖母が亡くなり、その葬儀のときにジャネットは父親に対して試し行動のようなことをします。試し行動とはわざと困らせるようなことをして親の愛情を確認しようとすることです。
父親の前で、他の男の手を取って部屋にいくのです。しかし、父親はそれを止めることはしません。それどころか、帰りの車の中で「大丈夫だっただろう、(子供の頃に)泳ぎを教えたときと同じだよ」と言います。
これは泳ぎの訓練のために、父親がジャネットを水中に突き落としたときの話です。
父親が言いたいのは「最初は怖いけれど受け入れてしまえばどうってことない」ということです。つまり、それは性行為でも同じと言いたいのです。
父親がなぜこのような思考を持ってしまったかというと、祖母から虐待を受けているときに「受け入れてしまえば大丈夫なのだ」と思い込むことで自分を守ろうとしてきたからです。
しかし、その耐えがたい記憶や感情は残り続け、それを鈍らせるために酒に溺れたのです。そして、こうした未処理の感情が子供たちにも向いてしまい、不安定な家庭環境が作られたのです。
このメカニズムは「機能不全家族は3世代で連鎖。どうすればいい?」でも説明した通りです。
大人になってもケアテイカー
成長して人気コラムニストとなったジャネットは、ボーイフレンドと結婚の約束をします。
しかし、そのことを父親に言えません。父親はそのボーイフレンドのことを気に入っておらず、危害を加えそうだからです。
言えない理由はもう一つあります。それにはボーイフレンドが金融アナリストという権威側の人間であることが関係します。
父親からすると、娘がこのようなエリートと結婚するのは「父親との冒険と自由の生活が間違っていた」と娘が認めることなのです。父親の存在価値そのものの否定にもなります。
父親はそれを恐れているのです。そして、ジャネットはそのことに気づいているため言えないのです。
ここでもケアテイカーとしての顔が出てきてしまっているのです。
ラストの簡略化された描かれ方
紆余曲折あってジャネットは金融アナリストのボーイフレンドと結婚し、両親とは疎遠になります。
そんなある日、父親がもう長くはないという知らせを受けます。ジャネットは絶縁しているつもりなので会いたくありませんでしたが、結局は会いにいくことにします。
ここの心情の変化に対する描写はほとんどありません。過去の楽しかった思い出を回想するくらいです。
そして父親と会って話をして、それなりのハッピーエンドのような形で終わります。
単純に見える心理の変化も「愛憎併存」の複雑な反応のひとつ
父親が長くはないという知らせを受けてから、会おうと思うまでの心情の変化に対する描写は本当に少ないです。
なので見ている側は「え?」となります。
実際に英ガーディアン紙など複数のメディアの映画レビューで、危険な家族の問題を美談で矮小化しているという意見が多いのも、ここの心理描写がないからだと思います。
しかし、これはこれで良いのです。
なぜならケアテイカーに限らず、機能不全家族で育った人の多くは親に対し「愛憎併存」の感情を持つからです。憎いし、愛おしいのです。
そしてどちらの感情が強いかは、立場やそのときの感情によって変わるのです。何か大きなきっかけがあるとは限らないのです。
ですから、よく分からないけれど、昔の楽しい記憶を思い出していたら会っても良いかなと思い始めるのもおかしなことではありません。
過去を思い出したら会いたくなったという単純そうに見える反応も、複雑な感情の一つの反応ということです。
実際のところ、原作者のジャネット・ウォールズが今どう思っているかはわかりません。しかし、少なくとも親を愛していたいという気持ちは持っているのではないでしょうか。
エンドロールの最後に「TO ALL FAMILIES WHO, DESPITE THEIR SCARS, STILL FIND A WAY TO LOVE.(傷跡を抱えながらも、愛し方を探す、すべての家族に捧ぐ)」というメッセージを寄せていることからもそれは分かります。
アダルトチルドレンの相談を受けていると、本やネットで見る機能不全家族ほど酷くはないけれど、生きづらさの原因は家族にある気がするという人も少なくありません。
こういったとき、ジャネットの家族のように見えにくい問題が隠れていることも多いです。一見すると問題ではなさそうなことが、子供の将来に影響することはよくあります。
そうした曖昧な感情を持っている人は、この映画を見ると何か掴めるかもしれません。家族問題を扱っている映画にしてはライトなので、苦手な人でも見やすい作品かと思います。
愛憎併存について詳しく知りたい人には「親に感謝してるけど嫌い」という両価性のストレスを減らす方法の記事がおすすめです。


