ストックホルム症候群とは誘拐や監禁の人質が犯人に対して特別な感情を抱くことをいいます。
犯人を守るために警察と戦う素振りを見せた人質もいます。時には恋愛感情を抱いた例もあります。
開放されて日常生活に戻った後にこれらの心理現象が生じることもあります。
ストックホルム症候群は恋愛でのモラハラや虐待、職場でのパワハラの場において発生することもあります。
パートナーからのDVや親からの虐待を受けているにも関わらず加害者に好意的な感情を抱くことを「家庭内ストックホルム症候群」といいます。
これらのメカニズムと恋愛依存症について説明します。
人質の心の中で何が起こるのか?
ストックホルム症候群について専門的な研究はあまりなされていませんが米国シンシナティ大学のディー・グラハムらの論文では以下のようなメカニズムに言及しています。
最初に誘拐犯や立てこもり犯は恐怖によって人質を支配します。
人質は食事やトイレ、会話といった行動の全てを制限されます。
しかし時間が経過するとそれらの行動を許可されるようになります。
生存の危機を感じている極限状況ではこのような許可について感謝します。
また対話をする中で相手について詳しく知り脅威と見做さなくなることも考えられます。
やがて恐怖や嫌悪は好意や共感などの肯定的な気持ちへと変化します。
さらに強い結びつきができると警察等の第三者に対する敵対心や軽蔑につながります。
こうしてストックホルム症候群へと陥ってゆくのです。
ストックホルム症候群の由来となった実話
ストックホルム症候群の由来は1973年にスウェーデンで発生した「ノルマルム広場強盗事件」です。
仮釈放中だったジャンエリック・オルソンがノルマルム広場にあるクレジットバンケン信用銀行に押し入り女性3人、男性1人の人質を取りました。
そして投獄中の友人であるクラーク・オロフソンの釈放を求めました。政府と警察はこの要求を受け入れ立てこもり中の銀行に合流させました。
最終的には警察が注入した催涙ガスに気づいた犯人らが投降し事件は解決しました。
人質は警察に銃を向けていた
この事件はスウェーデンで初めて生中継された人質事件ということもあり多くの人が関心を寄せました。
そして人質の行動に対しても注目が集まりました。
彼らはその後の警察の捜査に対して非協力的だっただけではなく犯人を庇うような発言や恋愛感情を持っているかのような発言もしたのです。
さらに立てこもり中の犯人が寝ているとき警察に対して銃を向けていたことも判明しました。他にも犯人に対して協力的な態度を見せていたことが分かっています。
また事件からしばらく経った後に犯人を何度か訪ねていたのです。
犯罪学者で精神科医のニールス・ベジェロットはこのような現象を「ノルマルム広場症候群」と呼びました。
その後にアメリカの精神科医フランク・オッシュバーグが人質の心理メカニズムを説明する際に使用したのが「ストックホルム症候群」という言葉です。
犯人と一緒に銀行を襲った女優
その他のストックホルム症候群が起こったとされる事件としては1974年にアメリカの女優パトリシア・ハーストが誘拐された事件があります。
誘拐された後にパトリシアが犯人グループと共に銀行を襲っている姿が防犯カメラに映っていました。
彼女はその後で「犯人たちの同志になった」という声明を出しました。その後捕まり洗脳されただけと主張しましたが有罪判決が下っています。
最近では2002年に発生したエリザベス・スマート誘拐事件において逃げ出せる状況でも逃げなかったためにストックホルム症候群ではないかとされたことがあります。
(個人的には学習性無力感ではないかと思いますが……)
いくつかの事件について言及しましたがストックホルム症候群は起こる確率の方が低いです。
1999年のFBIの報告書では被害者の92%はストックホルム症候群の兆候を示したことがないとされています。
⇒ウェンディ症候群(ウェンディ・ジレンマ)とは?自分を犠牲にして他人の世話を焼き過ぎる人
恋愛と家庭内ストックホルム症候群
なぜストックホルム症候群について説明したかというと恋愛依存症と似ているからです。
全員がストックホルム症候群だとは言いません。
しかし私の元にカウンセリングを受けにくる方が同様の心理傾向を見せることは少なくありません。
家庭内暴力を受けても結婚生活を続ける人、搾取され続けても離れようとしない人に多いです。
虐待者に執着する被害者
クイーンズランド大学のクリス・カンターらの研究によれば虐待された人は虐待者に感情的な執着を抱く可能性があることが分かっています。
肉体的、感情的な虐待は長期間に渡って続く可能性があります。その中で一時的な優しさを見せることもあります。
すると人は自分を虐待する人に対して前向きな感情や同情を覚えることがあるのです。
これは恋愛依存症とストックホルム症候群に共通するメカニズムといえます。
児童虐待と家庭内ストックホルム症候群
同様のことが児童虐待においても発生します。
虐待する親は危害を加えたり死の恐怖を感じさせることによって脅します。
しかし時に本物の愛情と知覚されるかもしれない親切を示すこともあります。
これにより子供は混乱し親子関係にある否定的な性質について理解しなくなるのです。
家庭内暴力や児童虐待におけるこれらの現象は「家庭内ストックホルム症候群」と呼ばれます。
ストックホルム症候群によって生じた恋愛感情は本物か?
ストックホルム症候群によって起こる加害者への恋愛感情は本物なのでしょうか?
これについては心の防衛メカニズムと考えることができます。
防衛メカニズムにより「好きだから一緒にいる」と錯覚する
当然ですが人間は憎悪よりも生存本能のほうが強い生き物です。
加害者に対して反抗することよりも従順になったほうが生き残る確率は高まりますからそちらを選びます。
加害者に対して好意的にならなければという防衛機制が働くことで肯定的な感情が芽生えるのです。
それが自分がそこにいるということの恐怖から逃れることにもつながります。
嫌々いるのではなく好きだからいるのだと錯覚させることが出来るからです。
自分の心理過程を知るとストックホルム症候群を克服できる
ストックホルム症候群はDSM(精神疾患の分類と診断の手引)に記載された疾患ではありませんがPTSD(心的外傷後ストレス障害)の一種として扱われることが多いです。
そして自分がなぜこのような心理過程を持つに至ったのか知ることで回復できるとされています。
自分がなぜ今の感情を持つに至ったのか知ることは恋愛依存症においても有効な克服方法です。
※ストックホルム症候群とは反対に犯人が被害者に特別な感情を持つことを「リマ症候群」と言います。ペルーのリマで発生した「在ペルー日本大使公邸占拠事件(1996)」に由来します。
参考文献
Graham DL, et al. (1995). A scale for identifying “Stockholm syndrome” reactions in young dating women: factor structure, reliability, and validity.
Chris Cantor, et al. (2007). Traumatic entrapment, appeasement and complex post-traumatic stress disorder: evolutionary perspectives of hostage reactions, domestic abuse and the Stockholm syndrome.