心理学の研究では、自己肯定感の形成には親との関係や養育環境が深く関係していることが明らかになっています。
子供時代にどのように評価され、どのように扱われてきたか――その経験が成人後の「自分をどう見るか」にまで影響を及ぼすのです。
「自信が持てない」「人にどう思われるかが怖い」「頑張っても満たされない」。
こうした感情の背景には、親からの心理的コントロール(psychological control)の影響があります。
心理的コントロールとは
子育ての文脈における「心理的コントロール」とは、感情に訴える手段を使って子供を支配する親の接し方のことです。
表面的には「しつけ」や「愛情表現」に見えることもありますが、その実態は子供にプレッシャーを与え従わせるための卑劣な手口です。
次のような言葉や態度が心理的コントロールにあたります。
- 罪悪感を利用する(例:せっかく頑張って育てたのにそんな態度を取るなんて悲しい)
- 恥を与える(例:他の子はできるのにあなただけできない)
- 愛情を条件にする(例:いい子にしてないと嫌いになるよ)
- 感情を操作する(例:あなたのせいで私は病気になりそう)
- 過剰な干渉・支配(例:その夢は現実的じゃないから諦めなさい)
これらは一見すると子供を導くための発言のようにも思えますが、実際には子供の心に罪悪感や恥の感情を植えつけ、親の期待に合わせようとする「心理的コントロール」なのです。
このような態度を取られた子供は次第に「自分の気持ち」よりも「親がどう思うか」を優先するようになり、自分の感情や考えを信じられなくなっていきます。
そして、自己肯定感も低くなっていくのです。
親の心理的コントロールと子供の自己肯定感
親からの心理的コントロールによって、子供の自己肯定感が低下することはユトレヒト大学の研究チームの調査からも判明しています。
この調査では14の小学校に通う8~13歳の子供441名を対象に、2年間で3回の調査を行いました。
子供たちに専用の質問票に回答してもらい、以下の2点を測定しました。
- 心理的コントロールをどれくらい感じているか?
(例)「母親は私が間違ったことをしたときに罪悪感を感じさせる」「父親は私の気持ちを無視する」 - 自己肯定感
(例)「私は自分に満足している」「私は他の子供と同じくらい価値のある人間だと思う」
1年毎の回答を分析したところ、親からの心理的コントロールを感じている子供ほど、翌年の自己肯定感が低下していることが分かりました。
心理的コントロールが自己肯定感を下げるメカニズム
心理的コントロールが子供の自己肯定感を下げてしまうのは、心の中まで支配されるからです。
たとえば、親が「そんなことをしたら恥ずかしいよ」「お母さんを悲しませたいの?」というように、罪悪感や羞恥心を抱かせて支配することがあります。
これをされた子供は「自分の気持ちは間違っているのかもしれない」と思ってしまいます。
このような関わりが続くと、子供はやがて自分の考えや感じ方を信じられなくなっていきます。
そして、親の言うことを基準に行動するようになり、素の自分を出すのが怖くなります。
それによって、「自分のままでいい」「自分には価値がある」という気持ちが育たず、自己肯定感が低くなっていくのです。
「ありのままの自分ではダメなんだ」
また、心理的コントロールをする親のもとで育った子供は「親の期待に応えないと愛されない」と感じやすくなります。
親が嬉しそうにすると安心し、怒ると「自分が悪い子だからだ」と不安になるのです。
これによって、子供は「ありのままの自分ではダメなんだ」と信じ込むようになります。
この一連の流れが繰り返されることで「自分は誰かの言う通りにしないと価値がない」と思うようになり、自己肯定感が下がっていくのです。
親と子の双方向の悪い関係
ここまで親の心理的コントロールが子供の自己肯定感を低下させることが分かりましたが、その逆方向の効果もあることも分かりました。
つまり子供の自己肯定感が低下すると、親の心理的コントロールが増えるのです。
これは次のような悪循環が関係しています。
まず、自己肯定感が低い子供は自分の判断や感情に自信がないため、積極的に行動できませせん。
その姿を見た親は「自分がコントロールしなければ」という気持ちを強め、さらに干渉的・支配的な行動を増やすのです。
そして、子供は「また怒られた」「自分で決められない」と感じるようになります。
つまり、自己肯定感の低さが母親の統制を引き寄せ、さらに自己肯定感を下げるるという、悪循環が生まれているのです。
ちなみにこのような効果は母親との間でのみ有意に起こっていました。これは父親と比べて母親のほうが子供と一緒にいる時間が長いことが要因と考えられます。
心理的コントロールによって低下した自己肯定感を回復する
親からの心理的コントロールによって自己肯定感が低下した人が、それを回復していくためには、まず「自分の感じ方を取り戻すこと」と「自分の価値を他人の評価から切り離すこと」が大切です。
心理的コントロールを受け続けた人は、無意識のうちに「誰かの期待に応えられる自分が良い自分」「人に認められなければ価値がない」と考えてしまう傾向があります。
ですから、自己肯定感を最適な水準にするために、その考えを少しずつ変えていく必要があります。
1.感情を言語化する
まず最初のステップとして、自分の感情を素直に感じ取り言葉にしてみてください。
心理的に支配されて育った人は、「怒ってはいけない」「悲しんではいけない」といった抑圧の中で生きてきたことが多く、自分の本当の気持ちを分からなくなっていることがあります。
「本当はあのとき悲しかった」「怖かったけど言えなかった」といった感情を認めることは、自分を取り戻す大事なプロセスです。
日記に書いたり、信頼できる人に話したりするだけでも、「自分の感情を大事にしていい」という感覚を取り戻せます。
2.他人の期待を基準にしない練習
次に他人の期待を基準にしない練習をします。
心理的コントロールを受けた人は、相手をがっかりさせないように行動する癖がついています。
そのため、自分の意見を言ったり、断ったりすることに罪悪感を覚えやすいのです。
最初は小さなことからで構いません。
「今日は本当は疲れているから行かない」と自分の気持ちを優先すること、「自分はこれをやってみたい」と自分の選択を尊重すること。
そうした小さな自分の意思の確認が積み重なることで、「自分には選ぶ力がある」「自分の気持ちは大切にしていい」という感覚が戻ってきます。
3.他人との関係の中で安心感を築く
また、他人との関係の中で新しい安心感を築くことも重要です。
これまで「愛されるには相手に合わせないといけない」と思い込んでいた人は、「ありのままの自分でも受け入れられる」という経験を通して、少しずつ自分を信じられるようになります。
無理に多くの人と関わる必要はなく、たとえ一人でも自分を否定せず聞いてくれる人がいれば、それが回復の土台になります。
【最後に】自己肯定感を高める必要はない
自己肯定感は一気に変化させるものではなく、育てていくものです。
自分を否定しない時間、自分の感情を素直に扱う練習、自分の選択を認める体験の積み重ねが、自分で自分を信じられる心をつくっていくのです。
自己肯定感を高める必要はありません。低すぎなければ良いのです。焦らずにゆっくりと進みましょう。
参考文献:Tang, Y., Novin, S., Lin, X. et al. Parental psychological control and children’s self-esteem: A longitudinal investigation in children with and without oppositional defiant problems. Child Adolesc Psychiatry Ment Health 18, 50 (2024).