片思いの相手や恋人の何気ない言動がきっかけで、急激に恋愛感情が冷める事象を「蛙化現象」といいます。
言葉の由来は魔法で蛙の姿にされてしまった王子が出てくるグリム童話『かえるの王さま』です。
学術的な専門用語ではありませんが、2023年のユーキャン流行語大賞のトップ10にも入っていましたから、知っている人も多いかと思います。
私服がダサかったときや、マザコンだったと知ったときなど、蛙化現象が発生するきっかけは人それぞれ異なります。
中にはフードコートでトレイを持って空席を探している姿を見ただけで冷めてしまうという理不尽なものまであります。しかも意外と多くの人がこのパターンで蛙化現象を経験しているのが面白いです。
蛙化現象が起こっている側からしたら、勝手に起こっているのだから仕方ないといったところでしょうが…。
なぜ蛙化現象が起こるのか、明確な原因は分かっていないのですが、実は最近、蛙化現象に陥りやすい人に関する心理学の論文が海外で発表されました。
英語圏での蛙化現象「the ick」
「蛙化現象」という言葉は日本でしか使われていませんが、海外にも同様の現象は存在していますし、それを多くの人が認識しています。
ちなみに英語圏では蛙化現象のことを「the ick(イック)」と言います。ickは日本語でいうなら「キモッ」「オエッ」のようなニュアンスの感嘆詞です。
日本でも流行ったラブコメディの『アリーマイラブ(原題:Ally McBeal)』が初出といわれています。
ここ数年で拡散したきっかけはイギリスの恋愛リアリティ番組『ラブ・アイランド』の出演者が「男を見てイックを感じたら、それは消えないのよ」と言ったことのようです。
TikToKでも#theickのハッシュタグで、様々な蛙化現象が紹介されています。
蛙化現象が発生する原因は自己防衛のメカニズム
ick(蛙化現象)が発生する原因は何なのでしょうか?
アズサ・パシフィック大学のブライアン・コリソン博士によると、自己防衛のためのメカニズムが関係しているようです。
人間には優秀な子孫を残したいという本能が備わっています。
そのため、優秀な遺伝子を持つ相手を選択する能力と、潜在的なリスクを持つ相手を回避する能力を発達させてきたとされています。
この能力により、私たちは無意識のうちに、相手の動作や癖、体のにおい、声のトーンといった微細な情報から、健康状態、遺伝的適合度、育児への貢献可能性などを判断しているのです。
そして、それらを「基準以下」であると判断した瞬間に、拒絶反応として「the ick」が発動するのではないかということです。
例えば、皿の外に落ちたモノを食べる姿を見たとき、「病原菌に対するリスク管理ができない人=自分の子供までリスクに晒す可能性が高い人」と判断し嫌悪感を抱くということです。
フードコートでキョロキョロしている姿を見て冷めるのも「咄嗟の判断力が低い人=危機時に正しい判断ができず命を落とす確率が高い人」と判断し、パートナーとして不適切と判断してしまうということです。
蛙化現象(ick)になりやすい人の特徴
ブライアン・コリソン博士らは、どんな人たちが蛙化現象(ick)を経験しやすいのか?ということを調査しています。
この調査では、「#theick」というハッシュタグとともに、TikTokに投稿された行為を、24歳から72歳までの男女に提示し、ick(蛙化現象)を感じるかどうかを確認しました。
また、参加者の性格傾向についても、専用の質問票によって測定しました。
これらのデータを分析したところ、以下の特徴を持つ人ほど、ick(蛙化現象)を感じやすいことが分かりました。
【特徴1】他者志向的完全主義が強い
他者志向的完全主義とは、他人に対して完璧さを求める傾向のことです。たとえば、「恋人はこうあるべき」「同僚は完璧に仕事をこなすべき」など、他人に対する厳格で非現実的な基準を持っている度合いです。
このタイプは交際相手のわずかな欠点に対して寛容でいられません。そのため、些細なことでも期待から外れていると感じたときに、過剰な嫌悪反応や幻滅が生じやすくなります。
たとえば、TPOをわきまえない服装や、社会的に気まずい行動、話し方の癖など、ごく日常的で些細な振る舞いが、「理想像にふさわしくない」と強く感じられ、即座に受け入れがたいと判断してしまうのです。
また、他者志向的完全主義の人は、相手の行動を理想像と比較して評価するため、相手をありのままに受け入れる柔軟性が乏しくなりがちです。
結果として、「ちょっと違和感がある」といった程度の相手の特徴が、恋愛感情の急速な冷却、すなわち「ick」につながってしまいます。
【特徴2】嫌悪傾向が強い(=病原体への回避傾向が強い)
嫌悪傾向とは、「嫌悪感をどれくらい感じやすいか」という感情反応の頻度や強度の個人差を指す心理学の用語です。
例えば「少しでも汚れたトイレを使うのは絶対に嫌だ」という人は嫌悪傾向が強いといえます。
こうした嫌悪感は、病原体や危険な対象から身を守るための回避反応として進化してきました。
つまりこの傾向が強い人は、相手が鼻をすすったり、汚れた服を着ているのを見たとき、無意識に「感染リスクが高い」と見なし忌避しようとするため、蛙化け現象が起こりやすいということです。
【特徴3】誇大的ナルシシズムが強い
誇大的ナルシシズムとは、自分を過大評価し、他者からの称賛や優越性の確認を強く求める性格傾向です。
これが強い人は、パートナーに対しても「自分の魅力や地位を高める存在であるべきだ」と考えています。
そのため、相手に少しでも理想から逸脱するような行動や特徴が見られると、「自分の価値を下げかねない」と受け止め、強い不快感や拒絶反応、すなわち「ick(カエル化)」が生じやすくなるのです。
ちょっと不器用な仕草や、場にそぐわない言動、幼稚に見える趣味など、他人から見れば些細なことでも、ナルシシズムの高い人にとっては許容できない「不適格のサイン」として処理されてしまいます。
さらに、誇大的ナルシシズム傾向が強い人は、他者との親密感が薄く、自分にとって利益がないと感じた瞬間に関係を断ち切る傾向があります。そのため、相手のわずかな欠点がきっかけとなって、「この人は自分にふさわしくない」と判断し、ickを感じてしまうのです。
蛙化現象と愛着の関係
蛙化現象が起こる一つのきっかけとして「好きな人が自分を好きになったとき」を挙げる人もいます。
ずっと片思いだった相手が、自分のことを好きになった途端に冷めてしまうということです。「蛙化現象」とう言葉は元々はこのパターンのみを意味していたともいわれています。
当方に相談に来ている人の中でも、こうしたケースはときどきあります。
これに関しては、自己肯定感の低さや、自分に対する誤った認知が原因ではないかと思います。
つまり、「自分は愛される価値がない」と心のどこかで思っているので、好意を向けた相手に対し「こんな自分を好きになるのはおかしい、何か裏がある」と判断し、冷めてしまうということです。
また、人間は進化の中で、「挑戦して失うリスク」より「挑戦せずに獲得できないリスク」のほうが小さい、ということを学習してきたといわれることがあります。
これを「エラーマネジメント理論」と言いますが、愛着に不安を抱えている人の場合は、とくにこの傾向が強いように思います。
つまり、ちょっとしたことで嫌いになってしまったほうが、(深い愛情は得られないけれど)深く傷つくこともない、という判断が働いているのではないかと個人的には思います。
蛙化現象を克服したい人は、自分自身の性格の癖と、自分に対する認知を見直してみると、何かヒントが見つかるかもしれません。
参考文献:Brian Collisson, Eliana Saunders, Chloe Yin. (2025). The ick: Disgust sensitivity, narcissism, and perfectionism in mate choice thresholds.