HSPが他人の感情を読むのが得意だったり共感性が高いのはミラーニューロンの働きが関係しているからではないかといわれることがあります。
ミラーニューロンとは他人の行為をあたかも自分が行ったかのように感じ取ることが出来る脳内の神経細胞です。
しかしHSPの共感能力とミラーニューロンが関係するという明確なエビデンスは存在しません。
そもそもミラーニューロンが共感に関連するかどうかもはっきりとは分かっていません。
ミラーニューロンとは
ミラーニューロンは最初にサルの研究で発見されました。
サルが手や顔を動かすとき脳の特定の部位(運動前野のF5野)の神経細胞が活発化します。
この部位が自分の手でエサを掴もうとするときだけではなく、近くにいる人間がエサを掴むのを見たときにも活発化するということがイタリアの神経生理学者Giacomo Rizzolattiの実験で示されたのです。
この現象は「見る」という行為以外でも起こることが分かっています。
既に見たことのある行為であればその作業の途中経過を隠しても反応しますし、音を聞くことで反応することもあります。
つまりミラーニューロンは行為の意味まで処理していると考えられるのです。
人間のミラーニューロン
人間の場合はこのミラーニューロンが共感にも関係しているのではないかと考えられています。
ハイファ大学の研究によればミラーニューロンが存在するとされる下前頭回が損傷を受けると他者の表情を見たときの感情の認識に障害が起こることが分かっています。
またカリフォルニア大学がfMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて行った研究では自閉症スペクトラムの子供の脳は下前頭回の活動が低いことも分かっています。
自閉症スペクトラムの特徴の一つは表情を通したコミュニケーションに問題を抱えていることです。
このことから表情を通したコミュニケーションの問題が起こる原因の一つにミラーニューロンの活動不全が起因する可能性は高いとされています。
HSPとミラーニューロン
表情コミュニケーションの問題にミラーニューロンの活動低下が関係するのなら、それと反対に感情を読み取りすぎてしまうHSPはミラーニューロンの活動が高いのではないかと考えることも出来ます。
HSPの提唱者であるElaine.N.Aron博士たちが感受性の高い脳がどのように反応するのかを調べた実験があります。
博士らは被験者に嬉しそうな顔をしている人の写真と悲しそうな顔をしている人の写真を見せてfMRIで調べました。
その結果、HSPはそうでない人に比べて共感に関連する部位の反応が活発だったという結果が出ました。
その中にミラーニューロンが存在するであろう下前頭回もあったのでHSPはミラーニューロンが活発なのではないか?ということが示唆されているのです。
とはいえこれをもってHSPの共感力はミラーニューロンのおかげという証拠になるかは不明です。
そもそもこの研究はミラーニューロンの働きにフォーカスしたものではありません。
論文の本文中に「mirror neuron(ミラーニューロン)」という単語は2回しか出てきません。それも実験手順や結果を説明する箇所ではなく最後の「考察」以降に出てくるだけです。
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ミラーニューロンは共感に関係するのか?
そもそもミラーニューロンは共感と関係しているのでしょうか?
ミラーニューロンと情動的共感、認知的共感、運動共感
オーストラリア・ディーキン大学のスーカイナ・ベカリらの分析によるとミラーニューロンが共感に関係しているという証拠は少ないという結果が出ています。
彼女らが何を行ったかというとミラーニューロンと共感について執筆された論文のメタアナリシスです。
メタアナリシスとはすでに行われた研究の結果を統合して統計的に解析する手法です。単独の研究を報告する1本の論文よりもこちらのほうが信憑性は高いとされています。
研究チームが選定したのは英語で書かれた人間のミラーニューロンを対象とした51本の論文です。これらの研究結果を情動的共感、認知的共感、運動共感の3種類ごとに分けて相関を調べました。
ミラーニューロンと共感の強い関連を示すことは出来ない
その結果、ミラーニューロンと共感について次のことが分かりました。
運動共感(他人の動きの模倣)
・関係があるというデータなし
情動的共感(感情の共有)
・下頭頂小葉での有意な関連はなし
・下前頭回で弱~中程度の関連あり
認知的共感(相手の立場で考える)
・下前頭回で中程度の関連あり
メタアナリシスの対象となった論文ではミラーニューロンと共感の強い関連を示すことは出来ないようです。
常に幅広くHSPの情報収集しておかないと間違える
説明した通りもともとミラーニューロンは猿の実験から見つかったものです。
そして人間でも他者の行動を見たときにそれに関連する脳の部位が反応することが分かったのです。
だからといって共感まで生み出すというのは理論が飛躍しすぎではないかという批判は以前からありました。
なんでもミラーニューロンで説明するのは違う
私の個人的な意見としてはミラーニューロンと情動的共感が関係しているという明確なエビデンスはそのうち出る気はします。
しかし共感についての研究ではミラーニューロン以外の神経基盤の活動も考慮しているものが複数出ています。
なので共感力の高さについてなんでもかんでもミラーニューロンで説明するのはちょっと違う気がします。
HSPの共感力について説明するとき当然のようにミラーニューロンのはたらきによるものと説明するカウンセラーなどもいますが、現時点では明確な証拠は存在しません。
ネットの情報は科学的根拠に基づいているのか?
ミラーニューロンを含めHSPに関連する事柄の研究は多く行われ精度が上がる度に結果が変化していることがあります。数年で以前の結果が覆されることもあります。結果が対立することもあります。
そして困ったことにこれらの論文に必ずしもHSPという単語が出てくるとは限りません。他の事を調べるために実験しているものも多いからです。
そのため幅広く情報を収集しておかないと間違った知識に基づいてHSPの敏感さに対処することになってしまいます。
ネット上で情報を収集する際には科学的根拠に基づいたものなのかきちんと確認するようにしましょう。
参考文献
・Understanding motor events: a neurophysiological study.
・Two systems for empathy: a double dissociation between emotional and cognitive empathy in inferior frontal gyrus versus ventromedial prefrontal lesions.
・Understanding emotions in others: mirror neuron dysfunction in children with autism spectrum disorders.
・The highly sensitive brain: an fMRI study of sensory processing sensitivity and response to others’ emotions.
・Is the Putative Mirror Neuron System Associated with Empathy? A Systematic Review and Meta-Analysis.