相手の表情や言葉を気にしすぎてすぐに「嫌われたかも」と考えてしまう人がいます。
こうなってしまう原因として当サイトでは、愛着の問題を抱えた人に特有の拒絶感受性の強さがあると説明してきました。
しかし、愛着の問題など抱えておらず、むしろ親子関係は良好だったのに、「嫌われたかも」と考えすぎてしまう人もいます。
このようなケースでは親の影響で「感情価のバイアス」がかかっている可能性があります。
「感情価」とは何か
人間の感情と言うのは、「喜び」のような肯定的なものもあれば、「悲しみ」のような否定的なものもあります。
こういった感情のポジティブさやネガティブさを心理学で「感情価」といいます。
私たちは無意識のうちに相手の感情価を判断しています。
ニコニコしているのを見れば「相手は嬉しいのだ」と思い、ムカムカしているのを見れば「怒っているのだ」と思います。
これらの判断はいつでも簡単にできるわけではありません。
例えば、無表情な相手の顔を見たときの感情をどう判断するかは人によって異なります。怒っていると判断する人もいれば、楽しいと思っていると判断する人もいます。
会話中に相手の表情が変化したとき、常にネガティブに判断してしまう人は、否定的な感情価のバイアス(偏り)を持っているといえます。
そして、相手が何とも思っていないのに、すぐに「嫌われたかも」と不安になってしまうのです。
他人の驚きの表情をどう判断するか
最近、発表されたネブラスカ大学などのチームの研究によると、感情価のバイアスは親の影響を受けている可能性が高いことが分かりました。
この研究では136組の親子に参加してもらい、見知らぬ他人の顔写真の感情価をポジティブかネガティブかで判断してもらいました。
このとき提示された顔写真には以下の3パターンがありました。
- ポジティブな顔(幸せな表情など)
- ネガティブな顔(怒りの表情など)
- 驚きの表情
この中で「驚きの表情」をどう判断するかで、感情価のバイアスを測定しました。驚きの表情は人によってポジティブにもネガティブにも受け取れるからです。
親と子で同じような判断を下す
参加した親子が別々に評価した回答を分析したところ、相関関係があることが分かりました。
つまり、親が「この驚きの表情はネガティブな感情によるものだ」と評価しやすい傾向を持っていると、その子供も同様の傾向をもっていたということです。
親子で同じような感情価のバイアスを持っているのです。
なぜ感情価のバイアスは親の影響を受けるのか?
以上の結果から、感情価のバイアスは親の影響を受けやすいことが分かりました。
なぜこのようなことになるのでしょうか?
【原因1】親子関係の中での模倣や学習
原因の一つとして、親子関係の中での模倣や学習が挙げられます。
子供は日常生活の中で親が不確かな状況にどう対応するのかを繰り返し目にします。
例えば、予測できない事態に直面したときに親が「危険なことが起こるかもしれない」と受け止めるか、「楽しいことが起こるかもしれない」と受け止めるかによって、子供は状況の解釈のしかたを学んでいきます。
つまり、親の態度や感情表現が手本となり、そのまま子供のバイアスに反映されるのです。
【原因2】共通の世界観を築いて安心したいという欲求
人間は身近で信頼できる相手との間に「共通の世界観」を築こうとする傾向があります。
「自分と相手は同じものの見方をしている」という感覚を持つと安心できるからです。
この安心感を求め、親のような濃密な関係の相手との解釈をすり合わせようとします。
そのため、曖昧な表情や出来事に出会ったとき、子供は親がどう反応するかを観察したり、会話の中で親の解釈を聞いたりして、自分の判断基準を整えていきます。
その積み重ねによって、感情価のバイアスまでも親と似通ってくるのです。
親と仲が良いほど影響を受けやすい
今回の研究では、親子のコミュニケーションがどれくらいあるかということも聞き取っています。
その結果、親子関係が良好で頻繁にコミュニケーションをしている子供ほど、親と似た感情価のバイアスを持っている傾向にあることが分かりました。
親子で会話する機会が多いほど、子供は親の考え方や感じ方を詳しく理解し、それを自分の枠組みに取り込みやすくなるからです。
逆にコミュニケーションが少ない場合は、親がどのように状況を解釈しているのかを知る機会が少ないため、親のバイアスが子供に反映されにくくなります。
とはいえ、あまりにコミュニケーションがなければ今度は愛着の問題が生じますから、拒絶感受性が強まり、嫌われたかもと勘違いしやすくなることもあります。
⇒周りがみんな敵に見えるのは母親の影響か?(敵対的帰属バイアス)
すぐに「嫌われたかも」と不安になる人はどうすれば良いのか
「相手に嫌われたかもしれない」と過度に考えてしまうのも感情価のバイアスの一例です。
このような傾向を和らげるためには、まず自分が不確かな場面でネガティブな思考に寄りがちであると意識することが大切です。それに気づくだけでも「これは事実ではなく、自分の偏った解釈の仕方かもしれない」と立ち止まれるようになります。
「再解釈(リフレーミング)」も有効な方法です。曖昧な状況を意図的に別の角度から見直すということです。
たとえば、相手から返事が遅いときに「嫌われたのかも」と考える代わりに、「忙しいだけかもしれない」「他の理由で対応できないのかもしれない」と考えてみるのです。
多くの心理学研究で、このような再解釈はネガティブなバイアスを和らげる効果があると示されています。
また、信頼できる相手に自分の気持ちを話してみるのも役立ちます。
今回の研究では親子のコミュニケーションが子供のバイアスに影響することが判明しましたが、これは大人になった後でも、他者との会話や共有を通じて修正されることがあるのです。
安心できる相手に自分の気持ちを話すことで、別の視点を得られ、「嫌われたかもしれない」という思い込みが変化しやすくなります。
さらに日常生活で、ポジティブな解釈の練習を繰り返すことも効果的です。小さな出来事を「きっと良い方向に進むかもしれない」と意識的に捉える習慣をつけると、少しずつ認知のバランスが整っていくのです。
「嫌われたかも」という不安は自分自身が作り出した錯覚であることが多いですから、まずはそこに気づきましょう。
参考文献:Ashley H, Isabella P, et al. (2025). Intergenerational Transmission of Valence Bias Is Moderated by Attachment.