嫌なことがあるとそれをいつまでも覚えていて、そのことばかり思い出してしまうことがあります。
これは、人間の脳の仕組みを考えれば、自然なことです。脳は、感情と結びついた記憶ほど、いつまでも覚えているものだからです。
特に、嫌なことや危険なことは、次回も同じ目に遭わないように、いつまでも覚えているのです。他の動物に襲われる危険のあった原始時代の名残といえます。
このような脳の機能は、現代の私たちにはそれほど必要ではありません。それどころか、嫌な出来事を何度も思い出すことで、不快にさえなります。
では、嫌なことばかり思い出すのを防ぐには、どうすれば良いのでしょうか?
それは、ゲームのテトリスをすることです。
嫌なことがあったときに、ゲームのテトリスをすると、思い出す機会を減らせるかもしれないのです。
テトリスをすると衝撃映像を思い出さなくなる
オックスフォード大学のエミリー・ホームズ博士らの研究チームが、次のような実験を行いました。
まず、実験参加者は事故の衝撃的な映像を見せられます。それから30分の休憩をとります。
そして、3つのグループに分けられ、それぞれ10分間で次のことをします。
- テトリス
- クイズゲーム
- 何もしない
それから一週間にわたり、衝撃的な映像をどれくらい思い出したか記録してもらいました。
その記録では、テトリスをしたグループが、最も思い出す機会が少ないという結果になりました。
次に少なかったのは、何もしなかったグループで、最も思い出したのはクイズゲームをしたグループでした。
嫌な記憶にしようとする脳のリソースを奪う
なぜ、テトリスをしたグループは、衝撃映像を思い出す機会が少なかったのでしょうか?
それは、テトリスをしたことによって、脳のリソースが奪われたからと考えられます。
脳は、衝撃的な体験をすると、それを感情と結びつけて固定化しようとします。これがPTSDのフラッシュバックにつながるメカニズムではないか?といわれることもあります。
しかし、テトリスのような視覚と認知を同時に使う作業をすることでリソースが奪われると、そのメカニズムが阻害されます。
すると、嫌な記憶として想起される機会を減らすことができるのです。
この実験では、一週間後に衝撃映像の内容をどれだけ覚えているか?というテストも行いました。その結果は3つのグループで差がありませんでした。
つまり、テトリスは記憶力を落とすのではなく、体験と感情が結びつくことでフラッシュバックにつながるような記憶にしてしまう仕組みを阻害する効果があると考えられます。
⇒親からの言葉の暴力がトラウマになっているのはノーガードだったから
なぜクイズゲームは逆効果になったのか?
この実験のもう一つのポイントは、同じゲームであっても、テトリスとクイズゲームでは結果が異なったということです。
クイズゲームをしたグループは、何もしなかったグループよりも、衝撃映像を思い出す機会が多かったのです。
なぜこのようなことが起こったのでしょうか?
それは、言語化のプロセスが関係していると考えられます。
私たちは事件や事故を体験したときに、それを言語化することで、状況を理解し心の混乱を落ち着かせることができます。
しかし、脳がその作業を行おうとしているときに、クイズゲームのような言語を使用する作業を行ってしまうと、邪魔をしてしまうのです。
それによって、状況を理解し落ち着くことが出来にくくなり、フラッシュバックのようなトラウマ反応を助長する可能性があるということです。
数時間後にテトリスをしても効果はあるのか?
この実験では、衝撃映像を見てからテトリスをするまでの時間をもっと延ばしたらどうなるのか?ということも確認しています。
先の実験では映像を見てから30分後にテトリスをしましたが、4時間後にテトリスをしたらどうなるのか?ということも調べているのです。
その結果は同じでした。
テトリスをしたグループが最も思い出す回数が少なく、次に何もしないグループ、クイズゲームをしたグループという順番になりました。
つまり、嫌なことがあってから数時間後でも、テトリスの効果はあるということです。
(※こちらの実験では何もしないグループとクイズゲームをしたグループの差はわずかであり有意差ありとまではいえませんでした)
翌日ではどうか?
実はエミリー・ホームズ博士たちは、数年後に別の実験も行っています。
翌日にテトリスをしても効果はあるのか?ということを調べたのです。
前回の実験と同様に衝撃映像を見せて、翌日にそれを思い出させる画像を見せた後に、テトリスをプレイさせたのです。
その結果、テトリスをプレイしたグループは、衝撃映像を思い出す機会が少ないことが分かりました。
嫌な出来事があった翌日にテトリスをしても、思い出しにくくする効果はあるということです。
本物の事故でも効果はあるのか?
ここまで紹介したのは、全て実験室での実験結果です。
実はエミリー・ホームズ博士たちは、本物の事故でも効果を発揮するのか、ということも調べています。
イギリスのオックスフォードにある、ジョン・ラドクリフ病院の救急科に来た事故の当事者や、目撃者に、その体験をしてから6時間以内にテトリスをさせたのです。
その結果、テトリスをした人たちは、しなかった人たちに比べて、フラッシュバックが少ないことが分かりました。本物の事故でも効果があったということです。
あなたも嫌なことがあったときは、翌日までにテトリスをしてみてください。嫌な記憶として思い出す機会を減らせるかもしれません。
※ここで紹介した研究はサンプル数が少ないなどの制限があります。そのため、トラウマ体験やPTSDの治療方法や早期介入への対策として推奨するものではありません。
(参考文献)
・Emily A. Holmes, et al.(2010).Key Steps in Developing a Cognitive Vaccine against Traumatic Flashbacks: Visuospatial Tetris versus Verbal Pub Quiz.
・Ella L. James, Emily A. Holmes, et al.(2015).Computer Game Play Reduces Intrusive Memories of Experimental Trauma via Reconsolidation-Update Mechanisms.
・L Iyadurai, Emily A. Holmes, et al.(2018).Preventing intrusive memories after trauma via a brief intervention involving Tetris computer game play in the emergency department: a proof-of-concept randomized controlled trial.