性に関する価値観や行動パターンは人によって異なります。
相談に来ている人でも、全く経験がないという人もいれば、経験人数など覚えていないという人もいます。
経験人数が多いからといって性欲が強いというわけでもありません。
ただ何となく流れに身を任せていたらそうなっていたというパターンの人も多いです。
実はこうした行動の背景には心理的・発達的な要因が潜んでいることがあります。
具体的には子供時代の環境によって決められた生活史の戦略の影響によって、目の前の相手とセックスをしておくべきかどうかを決めているのです。
多く産む戦略 vs. 長く育てる戦略
私たちの持つ時間やエネルギーは有限です。
そのため、戦略的に配分しなければなりません。そしてこの配分方法は人によって異なります。
例えば出産と子育てを考えてみましょう。
Aさんは複数の相手との間に多くの子供産むことに労力を掛け、子孫が後世まで残るようにしようとします。
遺伝子に多様性を持たせて多くの子供を残せば誰かは生き残るだろうということです。
Bさんは特定の相手との間に少ない子供を産み、それを長生きさせることに労力を掛けて子孫を残そうとします。
子供を量産して弱いまま放置するより、少ない子供を集中して強化しようという戦略です。
もちろん、こんなことを考えながら性行動をしている人はいないでしょうが、進化生物学の視点では人間も無意識にこうした選択をしているとされます。
つまり経験人数の多い女性はAさんの戦略を採用しているということです。
どの戦略を採用するかは子供時代の家庭環境の影響を受けます。
⇒両親が不仲で喧嘩ばかりしている家庭で育つと恋愛に悪影響が出る
10歳までの生育環境と経験人数の関係
家庭や地域、学校のように最も近しい人間関係の層を心理学では「マイクロシステム」と呼びます。
このマイクロシステムが性行動にも影響することが、カリフォルニア州立大学のリサ・ボホン教授らの研究によって分かっています。
この研究では18~46歳までの女性875人を対象に、10歳までの体験について主に以下のことを聞き取りました。
- 父母との関係
- 虐待経験
- 家庭の経済状況
- 住んでいるエリアの治安
- 初体験の年齢
- 経験人数
上記の回答を分析したところ、子供時代に虐待されたり親との関係が良くなかったりといった過酷な環境で育った女性ほど、初体験の年齢が低く経験人数も多い傾向にあることが分かりました。
経験人数が多くなる理由
なぜ過酷な子供時代を過ごすと経験人数が多くなるのでしょうか?
それは不安定な環境では先が読めないため「今できることに注力しよう」という思考が形成されるからです。
つまり、長く生きられないかもしれないのだから、少数の子供を長期的に育てる戦略よりも、短期間で多くの子供を産むほうが有利と考えるということです。
それが早期の初体験と経験人数の多さにつながっているのです。
このように脳の発達の真っ最中の子供時代に受けた環境(マイクロシステム)からの影響が大人になった後も残るのです。
ライフヒストリー理論における早い戦略と遅い戦略
ここまで説明したように、人間は時間やエネルギーという限られた資源をどう配分するか無意識に選択しています。
これを進化生物学では「ライフヒストリー理論」といいます。
ライフヒストリー理論では人間が選択する戦略を以下の2つに分けます。
- 早い戦略(Faster Strategy):今すぐ手に入るチャンスを最大化しようとする生き方
- 遅い戦略(Slower Strategy):ゆっくり成長して将来にじっくり投資する生き方
過酷な環境にいる人は早い戦略を取りやすくなります。経験人数の多い人はこちらに該当します。
また早い戦略の人は、衝動的にリスクを取りやすくワンナイトのような短期的な関係に惹かれやすいという特徴もあります。
これに対し、安心できる環境にいる人は遅い戦略を取りやすくなります。一人の相手とじっくり関係を育む人はこちらに該当します。
計画性が高く慎重に人間関係を築いていくという特徴もあります。
この2つの戦略はどちらが良いとか悪いということではありません。育った環境によって選びやすいほうが変わるということです。
もしあなたが性欲が強いわけでもセックスが好きなわけでもないのに、経験人数が多いというのであれば、その原因は子供時代の環境によって無意識に早い戦略を選んでいるからかもしれません。
参考文献:L M Bohon, S Sinclair, et al. (2025). Using SEM to test the associations among women’s childhood ecology, adult psychosocial life history traits, and mating effort.

