同じような環境に育ち同じような体験をしても孤独感を覚える人と覚えない人がいます。
その違いのひとつに繋がり(コネクション)があります。社会や友人・家族との繋がりを持っている人はなりにくいのです。なったとしても回復しやすいです。
これは私のカウンセリングの中でも強く感じることです。「回復できる気が全くしないです」と言う人の多くは繋がりを感じることの出来ない環境にいます。
繋がりは人間関係だけではなく全ての依存症に関係することです。
繋がりによって回復したラットの実験
薬物依存症では薬物そのものの性質が原因と言われることが多いです。
仮にそうだとしたら手術でモルヒネを使った患者は全員が依存症となるはずです。
しかし社会に出回っているモルヒネより病院で使うものの方が純度が高いにも関わらず手術後に依存症になったという患者はほとんどいません。
薬物依存症者の脳内では報酬回路の活性化が起こっていることは間違いないでしょう。
しかし依存する人としない人がいるのはなぜでしょうか?
また回復できる人と出来ない人がいるのはなぜでしょうか?
狭い檻の中のネズミだけを見て判断するな
その理由を示唆する実験があります。
カナダのサイモンフレーザー大学のブルース・アレクサンダー博士が行った実験です。
これは「ラットパーク(ネズミの楽園)」として有名な実験です。
それまでもネズミを使った実験は行われていました。
しかしそれは狭い檻の中に一匹のネズミを入れて依存物質を与え続けたらどうなるかという内容のものでした。
これらの実験でネズミが依存症になったことから原因は物質そのものにあると考えられるようになっています。
しかしアレクサンダー博士はそのような孤独な環境であればそうなるのは当然のことではないかと考えました。
そこで博士は二つの環境を用意して実験をしました。
ラットパーク実験
この実験ではオスとメスが同数ずつ合計で32匹のネズミが集められました。
そしてそれらのネズミを16匹ずつ2つのグループに分けました。

1つのグループは植民地と名付けられた狭い檻の中に1匹ずつ入れられました。
そこには普通の水と砂糖の味付けがされたモルヒネ入りの水しかありません。
もう1つのグループには楽園と呼ばれる広い環境が用意されました。
そこには隠れるための箱や缶、十分な餌が用意されました。
ネズミ同士は共に遊んだり交尾をしたりしながら過ごすことができました。
こちらの楽園にも普通の水と砂糖の味付けがされたモルヒネ入りの水が準備されました。
楽園のネズミは依存症にならなかった
それぞれの環境に置かれたネズミを観察したところ植民地と言われる孤独な環境に置かれたネズミはモルヒネの依存症となりました。
しかし楽園と呼ばれる環境に置かれたネズミはモルヒネの依存症にはなりませんでした。そもそもモルヒネ入りの水にはほとんど口をつけなかったのです。
それよりも仲間と遊んだりじゃれ合ったりすることのほうに快感を見出していたのです。
この実験から分かることは他者との繋がりが依存症になるかならないかに大きな影響を与えているということです。
孤独なネズミを楽園に移すとどうなったか?
この実験には続きがあります植民地にいた孤独なネズミを楽園に移したのです。
最初は離脱症状を見せていましたが他のネズミと一緒に遊んでいるうちに普通の水を飲むようになったのです。
繋がりによって回復することが出来たと考えることが出来ます。
※ただしこのラットパーク実験は他の研究者の追試において異なる結果が出ているものもあるため、もともとの遺伝子の違いではないか?という可能性も指摘されています。
人間も繋がりによって影響を受ける
これまで説明したラットパーク実験で起こったことはネズミだけに起こることなのでしょうか?
そんなことはありません。人間でも同じ事が起こると言えるケースがいくつかあります。
ベトナム戦争の帰還兵
例えばベトナム戦争ではケガの痛みや恐怖を紛らわせるためにヘロインを使用していた兵士がかなりの割合でいました。
彼らは戦争が終わって帰還した時にヘロインへの依存症の効果が残ってしまうのではないかと心配されました。
しかし依存症となった人はごく一部でした。
戦場でヘロインを使っていた兵士の多くは帰還後に依存症とはなりませんでした。
戦争が終わり家族や仲間の元へ戻り繋がりが復活したことが原因ではないかと言われています。
ポルトガルのハーム・リダクション(危害削減)
またポルトガルではそれまで薬物依存症者を罰することに使っていた予算を彼らが社会との繋がりを持てるようにするための予算に振り分けたことによって回復を果たした人の数が増えたということが報告されています。
90年代には人口の1%がヘロイン使用者であると言われていたポルトガルでは当時の首相であるアントニオ・グテーレス(現在の国連事務総長)が主導し世界で初めて薬物の個人の所持や使用の刑罰化を廃止しました。
罰しないことによって周囲の人や公的機関に相談しやすい環境が作られたのです。
このような施策はハーム・リダクション(危害削減)としていくつかの国の薬物対策に影響を与えています。
そして依存症から回復させるだけでなく彼らを雇用する企業に国が賃金を負担することでその後の社会生活を営みやすい環境を整えました。
社会との繋がりを持てた人たちは薬物とつながる必要がなくなったのです。
不健全でも安心できるものと繋がりたい
人間は社会的動物です。繋がりたいと思っているのです。それが叶わないと他の安心させてくれるものと繋がりを持とうとします。
それは薬物やアルコール、ギャンブル、ネットゲーム、ダメな異性など様々です。
コネクション(繋がり)がなくなるとアディクション(依存症)に陥ってしまうのです。
特殊な人間関係しか結べない状態からの回復には繋がりが大きな効果を発揮します。
一人で孤独な思いを抱えている人、ダメな恋人としか繋がりを持つことが出来ていない人は健全な繋がりを持つことが必要です。
大人になってからでも親友を作ることは出来ます。それが無理でも社会と繋がりを持つことは出来るのです。
自分が何かをしてもらう側ではなくしてあげる側に回れば良いのです。
ボランティアでも何でも良いのです。自分が社会の役に立っているという実感が孤独感を消してくれるのです。
コネクションがあればアディクションは要らないのです。
References:Johann Hari. (2015)Everything you think you know about addiction is wrong(TED)