「なぜ嫌われるのか?」ではなく「なぜ嫌われることを恐れるのか?」を考える

「なぜ嫌われるのか?」ではなく「なぜ嫌われることを恐れるのか?」を考える

無意識の行動によって他人を不快にしてしまう人は存在します。
口を開けば常に悪口をいう人や、行動の一つ一つがガサツでやかましい人、自分を客観視できない人はそうでしょう。

しかしアダルトチルドレンが誰かに嫌われていると思っているときはそれが勘違いであることが多いです。
それにも関わらず悶々と悩んでしまうことがあります。

「嫌われる」ということが「生きていけなくなる」と同義になっているので恐れ過ぎているのです。

嫌われているという勘違い

周囲の人から嫌われている気がするという相談に来るアダルトチルドレンは多いです。
人から嫌われることを過剰に恐れているのでちょっとした出来事でも心配になってしまうのです。

しかし本当に嫌われているということは少ないです。

単に距離が縮まらないだけなのです。
なぜなら自分が心を開いていないからです。

人には「自己開示の返報性」というものがあります。
つまり自分が心を開いたのと同じくらいの深さで相手も開くということです。

これを繰り返しお互いのことを少しずつ知りながら絆は深まっていくものです。

アダルトチルドレンは皆に良いを顔しますしいつもニコニコしているという人もいます。
なので周囲の人からもそう認識されています。

しかし時にそれが他人と距離を置きたいがための表面的な態度と受け止められてしまうことがあるのです。
慇懃無礼とまではいきませんが壁を作っているように思われてしまいます。

それによって相手が「これ以上は踏み込んだら迷惑になる」と遠慮してしまうのです。
まともな人ほどこのバランス感覚が良いです。

アダルトチルドレンがそれを嫌われたと勘違いしているだけなのです。

なぜ嫌われることを恐れるのか?

「なぜ嫌われるのだろう?」と考えるということは「嫌われたくない」という欲求があるからです。

なぜなら嫌われると見捨てられ一人になってしまうからです。
子供時代のに記録を未だに引きずっているのかもしれません.

「嫌われたら生きていけない」という勘違いをしているのです。

なぜなら「大人になったのだから一人でも食っていける」ということにまだ気が付いていないからです。

なぜ気が付かないのでしょうか?
それは周りに「嫌いになるぞ」という脅しによってコントロールしようとする人間が多いからです。

それは恋人かもしれませんし友達や家族の可能性もあります。

そのため自分の生きる力をなかなか認識できないのです。

誰でも嫌われるよりは好かれる方がいいと思います。
しかしアダルトチルドレンほどに他人から嫌われることを恐れている人は少ないです。

全員に好かれようとする人よりも価値観の合う人とだけうまくいけばいいやと考えている人の方が本当に信頼できる人と深い絆を作ることができるのです。

嫌われることを恐れてはいけません。

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