大企業から中小企業に転職した中年が心を病む理由と共依存

大企業から中小企業に転職した中年が心を病む理由と共依存

「私は勉強ができない」と言った時そこには比べる誰かがいます。

他の人との比較において成り立つことを相対的と言います。

他者の存在ありきなのです。

共依存はまさにそうです。

世話するべき相手、自分を必要とする相手がいてこそ自分の価値を認めることができます。

大企業から中小企業に転職した人の心の拠り所

私はコンサルティングの仕事で色々な会社に行くことがあります。

ほとんどが中小企業です。

こういった企業には大企業の早期退職制度や解雇によって転職してきた中年社員もいます。

彼らは心の拠り所によって2つのタイプに分かれます。

今までの大企業での経験を活かしてこの会社をもっと良くしようと思っている人といつまでも過去の肩書きにこだわる人です。

前者は自分がどこでも使える絶対的な力を持っていることが分かっているので問題はありません。
「クビになっちゃったんだよ」と笑いながら言いますが実は早々に会社に見切りをつけて逃げ出した有能な人だったりします。
自分の実力に心の拠り所を持っているのです。これは奪われる心配のないものです。

しかし後者はかなりメンタルを病んでいます。
聞いてもいないのに「○○社で課長だった」と誇らしげに言ったりします。

そうかと思ったら自分をクビにした会社を恨んでいるのです。
元いた会社の悪口を散々言ったりします。
それでも当時の自分の名刺を大切に持っていたりします。

元いた会社のニュースも気になって仕方がないのです。

このタイプは過去の大企業での肩書きが心の拠り所になっているのです。

哀れなリストラおじさんの末路などではない

クビにされた大企業に対する恨みと誇りを同時に持つ人を責めることはできません。
この世代は会社に忠誠を誓った人が多いのです。

そこでの評価が自分の価値でした。
皆が知っている大企業に勤めその中の序列でどの位置にいるかが自分がどういう人間であるかとイコールだったのです。
その中でだけ通用する技術を身につけた人もいます。

だから会社を追い出されたら力を発揮する場所と自分の価値を認定するモノサシまで失うことになるのです。

これを哀れなリストラおじさんの末路と笑うことはできません。

多くの人がこれと似たようなことをしているのです。
会社が他のものに置き換わっただけです。

共依存の人はパートナーに置き換わっているのです。

その人との関係でしか自分の価値を見いだせないのです。
だから別れると自分の存在価値がなくなった気になるのです。

恨んで怒りがわくこともあります。
それでも貰ったプレゼントが捨てられないし連絡先も消せないのです。

それを失ってしまったら本当に何もなくなるように錯覚するからです。

他者からの評価によって自分の存在価値を認めようとするとそれを失ったときに絶望します。

絶対的な価値を自分で決めなければなりません。

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