なぜ赤ちゃんの泣き声にイライラしたり電車内でベビーカーを見ただけでキレるのか?

なぜ赤ちゃんの泣き声にイライラしたり電車内でベビーカーを見ただけでキレるのか?

公共の場での赤ちゃんの泣き声や子供の行動を全く許容できないという人がいます。
電車内でベビーカーを見ただけで条件反射でムカムカする人もいます。

確かに静かな環境であるに越したことはないのですが少しの泣き声くらいは許せるという人のほうが多いものです。

しかし全く許せない人たちは直接文句を言ったり、すれ違いざまに舌打ちをしたりします。
異常なほどイライラが蓄積する人もいます。

これは相手の問題ではなく受け止る側の心の問題なのです。

赤ちゃんの存在は不快に感じにくいもの

どんな動物でも赤ちゃんは可愛いものです。

なぜなら親に守りたいという欲求を生じやすくさせる必要があるからです。
敵の襲う気持ちを低下させる効果があるという人もいます。

人間の赤ちゃんも可愛いと思う人の方が多いです。思えないからといって問題はありませんが攻撃性が芽生えるのは問題です。

乳児は肋骨が水平方向になっているため胸部が膨らみにくく腹式呼吸が優位です。
そのため泣き声もそれほど不快ではないはずです。

私は全く気にならないですし赤ちゃんの泣き声に心地よさすら感じることがあります。
少なくとも大人のおしゃべりほど鬱陶しくはないです。

つまり赤ちゃんの存在というのは不快に感じにくくなっているのです。
それが同種の動物間であれば余計にそうなるのです。

自分が表現することの出来なかった無邪気さが許せない

公共の場での赤ちゃんの泣き声や子供の行動が許せないのは自分の幼少期と関係があるのかもしれません。

親が十分に甘やかしてくれなかった人の場合、無邪気に振舞う子供や赤ちゃんを見るとイライラしてしまうのです。
なぜなら自分が出来なかったことを何の遠慮もなくしているからです。

自分はそんな自由に振舞うことができなかったのに…という嫉妬心が潜在意識に芽生えるのかもしれません。

「自分は小さい頃から周りに気を使っていたそれなのになんだこの子供は!しかも自分に迷惑をかけるなんて!」という意識が強くなるのです。

幸せの象徴

アダルトチルドレンに限らす乳幼児にイライラしてしまう人はいます。

赤ちゃんは幸せの象徴です。可能性の塊なのです。
そのため自分の人生が不幸だったり自分の可能性を諦めた人は無意識に嫌ってしまいます。

ベビーカーを押している人に悪態をつく人はいかにもそんな感じです。
逆に電車の乗り降りをは手伝うような人は幸せそうな顔をしています。

自分の心の状態によって周囲の見え方は変わるものなのです。

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